Neowingのナンキョク画伯による
2008北京スポーツの祭典500文字観戦記
8月24日分の観戦記(あとがき)は
コチラ
<8月23日>
■井の中の蛙、あるいは愛しのブラシッチ
窓外で鈴虫が鳴いている。灰色の雲、雨ときどき、肌寒い。なんとなく寂しい気分だ。そして北京の熱い夏も、どうやら終わりが近づいている。野球の
星野ジャパン
、結局ライバル国にはひとつも勝てずメダルを逃し4位。おつかれさまでした。「ストライクゾーンが全く他の世界でやっているような感じ、戸惑った」とは敗将の弁。日本は最後まで井の中の蛙、日本プロ野球の基準から抜け出せず屈辱の結果に。判定基準が日本のそれとは異なること、きっと承知のはず。だったら事前に適応の準備を。そうもいかぬ難しさなのか、応用の利かない頑迷が邪魔をしているのか。いつか誰かが言った。「
五輪の借りは、五輪で返す
」。今大会で正式競技から姿を消す野球。日本野球界に汚名を返上する機会は、当分なさそうだ。さて、個人的に今大会のハイライトがやってきた。女子走り高跳び、クロアチア代表の
ブランカ・ブラシッチ選手
の華麗なる舞を眺めるのだ。193cmの長身、スラリと伸びた手足に魅惑的な美貌を備える。昨年の
大阪世界陸上
で魅せた、しなやかな跳躍での金メダルをご記憶の方も多いはず。結果は残念、銀メダル。TVモニターを凝視、あまりに恍惚の表情が気に障ったのか「キモイ、もう少しで背中を蹴り飛ばすとこだった」と、連れあいから罵声を浴びてしまった。
<8月22日>
■バトンの未来、世界へ発信
やっとのことで金曜日。一週間の労をねぎらう酒卓は、残念、折り畳まれたままである。よって可及的速やかに帰宅。これで良かった、
陸上男子400Mリレー決勝
に間に合ったからだ。昨日の準決勝、どうしたものかメダル候補の米国・英国・ナイジェリアがバトンミスなどで失格。昨年の
大阪世界陸上
で5位だった日本に好機が巡ってきた。日本の持ち味はバトンパスの正確性。単純に100Mの速い選手だけを集めたって勝てないことを世界に発信せんと、愚直なまでに“次へ託す”技術を磨く。なるほど他国のいかにも雑なバトンパスを見るに、つくづく日本人向きの種目だなと、いささか安直な感想を抱いてしまう。単純に比せば、個人主義と集団性における向き不向き。スポーツの側から見た民俗学にして社会学、はたまた地政学か。比較文化学科の学生さんあたりが卒論のテーマに選んでいそうだ。さて、いよいよ決勝。第一走者から、
塚原直貴選手、末續慎吾選手、高平慎士選手
、そして36歳のラストランに全てを賭ける
朝原宣治選手
。磨きに磨いたバトンパスは本日も滑らかに決まり、
念願の銅メダルを獲得
。おめでとうございます。男子では初のトラック種目でのメダル獲得は、日本人の特性を見事に生かした結果であり、これぞ日本のリレーを堂々と発信できた瞬間だった。
<8月21日>
■鍛えぬいて、やりぬいて、固いソフトの絆
食卓に魔法は、ならばず。連れあい不在の緊急事態。いますぐ杯を掲げなければならない。誰に、
女子ソフト
に。とりわけ
上野由岐子投手
に。三度目の正直、強くて仕方なかった
米国を決勝で倒し金メダルを獲得
。本当におめでとうございます。冷蔵庫にあったカマンベールチーズをひと噛み、泡盛のオレンジジュース割りで、乾杯。反復練習でとことん鍛えられた機能的でスピード溢れるプレーに、ついこちらも背筋を伸ばしたくなる。苛烈極まる不思議なトーナメントを昨日からひとり三連投で投げぬいた上野投手が「とにかくこの場を楽しもうと思って」と白い歯を見せる。これだけやりぬいた選手が言えば説得力がある。どこかの男子サッカー代表には言えぬ。今大会で冷静かつ衰えぬ厳しい切り口で解説をつとめた元日本代表監督“鬼の”
宇津木妙子
さんも、声にならない絶叫を繰り返していた。優勝の瞬間は号泣していたそうだ。表彰式では
金八先生
みたいに一人一人の選手の名前を呼び、その功績を称えていた。突き放す厳しさの裏に、あまねく愛情。組織を強くするのはこういう人なんだなと実感した次第。
<8月20日>
■美へと昇華する、たくましさ
何というか、美しさが、たくましい。シンクロ・デュエットで
鈴木絵美子・原田早穂選手が銅メダル
。おめでとうございます。美を争う競技なのに、たくましさが優位を分かつ、そんなイメージ。あんなことを水中でやることがそもそも不自然なのに、それを美へと昇華させるたくましさの秘訣。“存在感”が肝らしい。そのために選手は意識を失っても手足が勝手に動くほどの練習量を積み、一日5000キロカロリーの摂取で筋力と体脂肪を維持(水に浮かばないといけない)。体重が5kg増えるだけで見違えるほどの“存在感”がでるそうだ。今大会は積年の打倒ロシアどころか、中国ペアの猛追に伝統のメダル死守を迫られるも意地の銅メダル確保。ただし金のロシアはさておき、銀のスペイン、銅の日本、そして4位の中国、どれもコーチは日本人。
世界が日本を頼りにしている
。これはこれで、金メダル級の価値があると信じたい。陸上男子200Mでは、ジャマイカの
ボルト選手
が100Mに続き世界新での金メダル。
エディ・マーフィ
にそっくりだった、あの
マイケル・ジョンソンの記録
をついに破る。ジャマイカ、レゲエのゆったりとしたリズムと、短距離王国と呼ばれる韋駄天を生み続ける土壌。にわかには結びつかないところが、不思議で仕方ない。
<8月19日>
■人馬一体、どこまでも
これは皮肉なのだろうか。電車の中吊りにあった女性誌のコピーが「
男は顔で選ぶな!
」。その表紙は某アイドルグループの中でも飛びっきりのイケメンだった。顔で・・・。さて、こちらはコピー通りに顔では選ばずか、女子レスリング72kg級の銅メダリスト、
浜口京子選手
がTV出演で「好きな人がいる。知っているのは母のみ」と頬を赤らめながら吐露。隣にいた名物親父もびっくり仰天、いつもの気合はどこへやら、消え入りそうな小さな声で「もっと早く言えよ」と呟くのが精一杯だった。父、なんですね。どちらも応援していきたい。先週、香港で行われたブルジョアの香り漂う馬術競技。1964年の
東京オリンピック以来44年ぶり(!)の出場
となり、67歳の史上最高齢と“レギュラーでもホケツさん”で有名になった
法華津寛選手
は、人馬一体の美しさと正確性を競う馬場馬術で惜しくも予選落ちしていた。そんな馬術の競技場には世界中から200頭以上の馬が集結、毎日なんと30トンもの排泄物の処理に追われているそうだ。そのほとんどは、たい肥化施設で肥料に変えられているらしいが、もし何かの縁で五輪ボランティアに参加できるとして、この施設の担当を命ぜられたら。もちろん大切な仕事だとは承知だけれども、やっぱり、逃げ出すと思う。
<8月18日>
■誰がために五輪はある
開催国の中国が悲嘆にくれた。今大会を象徴する選手として期待を一心に背負っていた、男子110Mハードルの
劉翔(りゅうしょう)
が怪我のため、なんと1次予選で棄権の緊急事態。前世界記録保持者にしてアテネ五輪の金メダリスト、劉翔の五輪連覇の瞬間こそは今大会のハイライトのはずだった。ところが大事な本番で、あろうことか古傷が再発、懸命の処置と劉翔本人の気持ちも届かず苦渋の決断。スタジアムにも動揺が走り、涙の絶叫や怒号が飛び交ったとのこと。ここで思う。なぜ、いまになって。想像をはるかに越えたプレッシャー、そうなのだろう。国家の一大イベントとして政治の側が寄り添うのは五輪がもつ側面のひとつ。経済格差が顕著の社会情勢からして、普段の生活苦や将来への不安を五輪の熱で忘れさせようと、政治の側が大会の“顔”として劉翔を担ぎだす。国家から寵愛を受けての厚遇は嫉妬やねたみを生み、それでも悪態をつかずひたすら金メダルを目指した4年間。
「プレッシャーは」「ありません」
の問答がツライ。心と身体を蝕んでいく劉翔。外野がいくら邪推したところで、答えは劉翔本人の中にしか存在しない。世界最高のアスリートとして、25歳のひとりの青年として、今後の最良の選択を願うばかり。
<8月17日>
■紀元前とルネサンスと21世紀
前日の反省をいかし7時半の起床。早朝から
女子マラソン
を眺めるためだ。紀元前450年マラトン軍勝利の伝令の故事より生まれた、42.195kmの苦行のごとき営為。女子なら2時間ともう半分、ただ前を見据え、たまに後方と左右に揺さぶりをかけながら黙々と走りつづける。競技中のメンタリティの変化を詳細に追った書物があったら頁をめくってみたい。心中推し量る想像をかきたてるスポーツだ。中継の解説は、バルセロナで銀、アトランタで銅に輝く
有森裕子さん
。レース後の名台詞はたちまち日本中の涙腺をだらしなくもさせた。選手の細かい動作の変化を丁寧に解説、落ち着いた口調は長時間の中継にはピッタリ、疲れない心地よさ。どの選手もヘソだしユニフォームからのぞく腹筋が見事に割れている。かの
ミケランジェロ
でも、女性がここまで精密な筋繊維の芸術をあらわにするとは思いも寄らなかったんじゃないか。ふと、筋繊維なんてどこにも見当たらない我がボッテリ腹を見つめる。気を失いそうだ。野口みずき選手の不出場で危うしの日本勢は、
土佐礼子選手
が無念の途中棄権、
中村友梨香選手
が13位と奮わず。どうなる女子マラソン王国。女子レスリング63kgでは、姉の雪辱、
伊調馨選手が連覇の金メダル
。おめでとうございます。テコでも動かぬ姉妹愛、さて4年後のロンドンでも華麗にタックルを決めるのだろうか。
<8月16日>
■負けることの意味
前夜、
なでしこJAPAN
の爽快が忘れられない。地元中国を破って女子サッカー初の準決勝進出。歴史を作るとの気概がピッチに躍動を運ぶ。3戦全敗でも「やることはやった、悔いはない」と未来のない発言で萎えさせてくれた男の方、何をか思ふ。昼過ぎに起床、しばし呆然としたら、いつのまにか夜。友人の婚約祝いと称して肉汁したたる比内鶏の焼きを肴に、麦酒の海に飛び込んでから帰宅。
野球の星野ジャパン
が韓国に敗北。まだ予選の段階、知将・星野監督、敗将の掟通り「俺のミスや」と潔さを見せ、来るべき決勝の舞台への布石を打つ。仕上げはいかに。女子レスリング48kg級、
伊調千春選手が銀メダル
。おめでとうございます。姉妹そろっての金メダルは成らずも試合後の晴れやかな笑顔は、余計な重圧はかけぬと妹への気遣いを見せた姉の優しさか。55kg級では今年1月に連勝が119(このボリューム!)でストップした女王・
吉田沙保里選手が貫禄をみせ金メダル
。おめでとうございます。ひとつの敗戦が持つ意味、この人ほど重く受けとめていいアスリートはいないんじゃないか。そこから甦りし涙の戴冠、まさに不死鳥のごとし。お見事です。陸上男子100Mでジャマイカの
ボルト選手が9秒69とあり得ない世界新
、
織田裕二
の顔が浮かんだ日本人は少なくないはずだ。
<8月15日>
■異端のその先に
金曜日、一週間の労をねぎらう同僚との酒卓が楽しい。麦酒まみれで帰宅。フェンシングのトゥシュ(突き)のごとき連れあいの鋭い視線をかわし、TVモニターの
石井慧(さとし)選手
を眺める。柔道男子100kg超級で技巧極まる金メダル。おめでとうございます。アテネ以後「
柔道は“JUDO”にあらず
」の命題に苦しむ日本柔道界の新星にして異端にして、ヒール。21歳の豪傑は決勝の大舞台で“JUDO”を見せた。準決勝までは頑迷な旧世代も納得の一本や抑え込みで勝ち上がり、決勝は憎いほどの駆け引きで効果を積み重ね勝利。「一本を狙いにいって、最後の10秒で逆に一本で負けたら笑いもの」と涼しい顔がおもしろい。誰にも負けぬ練習量で身体をつくり、ビデオで相手を研究し尽くし、ブラジリアン柔術など他競技の道場への出稽古で幅を広げる。いつかTVで観た自宅でのインタビュー、その手にはイチローや戦国物の愛読書が握られていた。いち早く海外の“JUDO”を取り入れ勝利を重ねる自身と、鉄砲を取り入れ天下を取った織田信長の姿をダブらせる。誰にも惑わされず己の信じた鍛錬法を貫く姿は、イチローそのもの。閉塞の世を壊すには、いつだって古びれた常識を覆す異端の存在が欠かせない。そうやって「正統」は姿を変えて紡がれるべきなのだ。
<8月14日>
■到達した孤高のいただき
食卓に魔法がならんだ。鶏肉のスパイシー唐揚げ、ミニトマトと蛸のニンニク炒め、おくらの醤油マヨネーズ和え、セロリの浅漬け。締めには、なめこの味噌汁が待機している。たまらず連れあいに訊く。「ビールは?」そして衝撃の一言。
「ないよ」
自転車に飛び乗った。コンビニへ。今宵の友は、しっかり苦いキリンのクラシックラガーで決まり。乾杯。誰に、キタジマに。本当に有限実行のグランドチャンピオン、
北島康介選手が200M平泳ぎで圧巻の金メダル
。2大会連続の2種目での戴冠。おめでとうございます。100Mとは違い、骨きしませ合うライバルの見当たらぬ寂しさもあったのか、優勝後のインタビューが淡白だ。邪推だろうか。疲れや安堵が正直なところか。自身の才能(努力の、も含め)とは別に、良き指導者、良き環境、そして良きライバルに恵まれることが、頂点へ到達せんとする者の必須条件だという。北島選手は全てに恵まれ、たまに沈んだりしながら諦めることなく不遇を呑みこみ、ライバルに立ち向かう闘志へと昇華させ、ついには孤高の頂へと結実する境地に達した。閉塞感の漂う日本を水中からまぶしく照らすデッカイ太陽。同じ日本人であることに感謝したい。乾杯。その横で連れあいときたら、自転車のカギの隠し場所に思いを巡らせている様子なのだった。
8/6〜8/13までの観戦記
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